失敗して経験を重ねて五感を鍛える。
発酵の主役となる酵母を大量に増やす酒母づくり。お湯を詰めた暖気樽(だきだる)を酒母に入れ、暖めながら安木淳一郎さんは話し始めた。「温度管理だけで、餌をつくりながら発酵もさせていく。こんなつくり方をするのは日本酒だけなんです」。
安木さんは会社員生活を経て、10年前から実家の酒づくりに携わるようになった。「以前、うちにいた杜氏がよく言ってました、毎日が一年生やと。最近やっとその意味が分かってきた」。話ながらも手を休めることなく、次は山田錦を用いた酒米を丁寧に洗う。米を研ぐのとは全然違う動きだ。「この洗米の具合ひとつでも微妙に結果が変わってくるんで、気が抜けない」。この米は翌朝蒸されて麹室へ。麹室という麹を造るための特別な部屋に引き込まれた蒸米は麹菌を種付けされ、2日間かけて麹となる。「菌が付いて白くなってきているでしょ。もう少しすると、すごく苦い〝お歯黒臭〟がしてくるから、そこで手を入れる」。
これも単純作業ではなく、茶道と同じように一連の型があり、このやり方に変えてから酒の味がぐっと良くなったという。麹というのはそれぐらい繊細で大変なものなのだ。「えらそうに喋ってますけど、酒づくりなんてやればやるほど分からないもので(笑)。友だちにも酒屋の跡継ぎがいて、よく話すんですけど。技術論をいくら語りあっても、実際やったら全然ダメで」。蔵の持つ固有の菌など異なる条件、そして気候。それらが複雑に組み合わさってできるのが日本酒。だから、一般論は通用しない。温度計や時計を使っても、数字はあくまでも目安でしかない。教科書に載ってない、なにげない所作ひとつにも意味がある。その意味が分かってくると面白くなるという。
そして職人の武器は、なによりも五感である。「日本酒づくりは、五感を働かせて違いを見い出して、それを良いものにしていく。結局、経験なんですよね。自分の身についたものしか助けてくれない。失敗して、日々の発見を積み重ね、続けることに意味があるんだと思うんです」。
(2013年2月発行 YABUiRO Vol.1掲載)
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