#5 八鹿浅黄


人に支えられ、 生活の一部としてつくり、つなげていきたい


昔の野菜は美味しかった─よく耳にする言葉だ。それには種の事情が関わるといわれる。長い時間をかけて気候や風土に適応し、その土地に根づいた、いわゆる在来種は、肥料や農薬に頼りすぎずに栽培ができ、種を採って毎年生産できる。しかし農作物の大量生産&供給が進むにつれ、各地方にあった品種は衰退していった。

ところが最近、地域に根づいた野菜を掘り起こし、ブランドとして育てようという動きも広がっている。豊芽工房の福田久子さんが味噌づくりに使う八鹿浅黄も、養父の地で昔から育てられてきた青大豆の在来種だ。

約30年前、東京に住んでいた福田夫婦は、家を継ぐために夫・定雄さんの出身地である八鹿へ帰郷。当時の八鹿農業改良普及センター(現在の朝来農業改良普及センター)から、定雄さんに八鹿浅黄の豆を植えてみてくれないかと依頼されたのがきっかけ。手渡されたのは、ひと握りの八鹿浅黄。すべてはそこから。栽培をはじめ、味噌ができるまでの量をつくると、人に紹介し、ひと握りずつ手渡していった。14年ほど前からは、地元の高柳小学校、県立但馬農業高等学校の食育の一貫としての栽培や、県立但馬長寿の郷における栽培へと少しずつ広がっていった。それはまるで生命のリレーのようだ。

4年前に定雄さんが亡くなった後も、久子さんは豆の栽培から味噌づくりを続けている。市などによるPRで、脚光を浴びる八鹿浅黄だが「うちだけが栽培しているわけじゃないから」と戸惑いを隠せない。その味に惚れ込んで無心でつくってきたことが結果として人を集め、自然と現在の環境が整った。「周りの人に支えられ、今も生活の一部としてつくっている。何にも技なんてないんですよ」。

自分ひとりでつくるようになって、ようやく定雄さんの想いが分かってきたと笑う。在来種を伝えることは、昔ながらの味、さらにはそこに暮らした人の営みを伝えることでもある。「決して主人が広めたわけではないけれど、大事に育てた姿をずっと見てきたから、この種はきちんと引き継いでいきたい」。この地で育まれた八鹿浅黄の持つ魅力が、つくり手と人を、そして養父とをつなげる。

(2014年8月発行 YABUiRO Vol.4掲載)

 

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豊芽工房
八鹿浅黄をはじめ、無添加の味噌やジャム、自家用の豆腐など、少数ながらこだわりの手づくり加工品を製造・販売している。

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兵庫県養父市八鹿町高柳213
tel 079-662-5608

 

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