#6 かいこの里


蚕によって支えられた、 昔の蔵垣の歴史や文化をつないでいきたい。


蔵垣の県道を走っていると、大きな蚕が空を飛んでいるようなモニュメントが目に飛び込んでくる。『上垣守国養蚕記念館』と『かいこの里交流施設』の案内板だ。養父市大屋町は江戸後期から昭和の中頃まで、歴史的に養蚕が盛んな地域であった。生活の基盤として重宝され、大事にするからこそ「おかいこさん」と呼ばれた。

今の暮らしが、基幹産業だった養蚕業に携わった人たちの知恵や労力によって成り立っていることを確認し、後世に残していきたい。そんな思いを持った人たちが立ち上げたのが「かいこの里の会」だ。代表の松原一朗さんは語る。「活動は一度途絶えましたが、再開して4年目。蚕の飼育と文化の伝達、特産品をつくることで地域を活性化していきたい」。飼育所では本物の蚕を飼育して、養蚕業のあり方を伝えていく。昔の養蚕業は飼育所で最初の脱皮を終わった状態のものを購入しており、養蚕農家も卵から育てた人は少ないという。松原さんは試行錯誤しながら、「掃き立て→吐糸→蛹化→羽化→交尾→産卵→卵」のサイクルを確立。蚕の飼育で一番気を使うのが温度管理だという。飼育小屋では毎晩ストーブを焚いて湯を沸かし、一定の温度湿度を保つ。桑の葉の栄養をたっぷりと取り入れ、大きく育った蚕は回転まぶしと呼ばれる回転式の繭棚に移動させ、そこで蚕の繭づくりが始まる。この中で48時間糸を吐き続けて、一個の繭になるという。

「富岡製糸場が世界遺産に選ばれましたが、養蚕の歴史では養父市も劣りません。世界の養蚕技術の礎を築いたのは養父市の先人、上垣守国です」。江戸時代、守国が書いた『養蚕秘録』をシーボルトがオランダに持ち帰り、守国の技術がヨーロッパに普及。その後、フランス式の製糸技術が初めて日本に持ち込まれたのが富岡製糸場だ。つまり製糸技術近代化の始まりは、養父市にある。「養父から世界に発信するなど、調べれば調べるほど面白いし、誇らしい。だからこそ、本物をきちんと伝えていきたいんです」。

(2015年8月発行 YABUiRO Vol.6掲載)

 

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waza06_info かいこの里交流施設
上垣守国の生誕地・大屋町蔵垣地区にある都市と農村の交流施設。養蚕や桑栽培の伝習、桑の葉・実などの特産品加工を通じて地域振興と交流の輪を広げていく。土日のみ営業。
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養父市大屋町蔵垣246-2  tel 079-669-1580
http://www.fureai-net.tv/kuwanohacha/

 

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